蛇の骨スープ

 
某日―
まさかこんな年になるだなんてねぇ。
年の瀬も近づいてきて、誰も彼も口々にそんなことをいう。あの手のことを言う人は、いままで思う通りの一年を幾度となく過ごしてきたのだろうか。
「あぁ!今年は思った通りの年だったなぁ!」
鬼は笑わないかもしれないが、そんな風に今年のことを言われると私は笑う。よっぽどのことがない限り思った通りのことづくめにはならず、大抵は思ってもみないことに出くわす。思ってみたことに比べて、思ってもみないことの方が記憶に残るのは、当たり前だけど思ってもみなかったからで、大抵思っても見たことは実現したら、「それ見たことか」で片づけられて忘却の彼方へ行く。
地震雷火事親父。「4大怖いものの一つに親父~?」と思っていたが、我が家の親父は結構怖い。それは、哀川翔と竹内力に白竜を足して青龍刀で割ったみたいな話ではなくて、どちらかというと怖くない親父。がウチの親父。そんな怖くない親父からある夏の日メールが来た。
「熱くなってきましたがお元気ですか?“今日付”で、今の会社をクビになったので連絡をします。来週から新しい仕事を探します!では、元気で!以上、取り急ぎ 父より」
震えた。今年聞いたどの怪談よりも。本当の恐怖というのは、やだな~やだな~と思う間も、怖いな~怖いな~と思う心の準備もないまま急に来る。実家には未だに再就職先の見つかっていない親父がいる。怖い話だ。地震雷火事なみに。最近、実家のことを私は心の中で事故物件と呼んでいる。
 
某日―
仕事終わり。浅草の「まつり湯」というスーパー銭湯のタダ券の期限が年内だったので、行くことに。
同じ浅草にあった「蛇骨湯」という魔女のスープみたいな名前の銭湯はいつだったか閉じてしまった。浅草という土地柄もあってか、普通に背中に金太郎が鯉を捕まえてる立派な彫りモンをしている人なんかが結構いた。というか、行くと必ずヤクザはいて、ヤクザはヤクザで別に偉そうにするでもなく、気を遣うでもない。
まつり湯はスーパー銭湯らしく、中に居酒屋があったり、漫画が読めるスペースがあったり。お風呂も色々、男湯のサウナも2種類。露天風呂からはスカイツリーが見える。男湯内に設置された韓国アカスリにはいい感じに女性を卒業した、つまり、まぁ、エロいサービスにならない感じのオモニたちが笑顔で並ぶ写真と「ご希望の方は電話で」というざっくりとした指示。しばらく風呂に浸かったのちに、漫画スペースで「鬼滅の刃」を延々と読む。あぁ、全力で俺、今しなくていいことしてる。スーパー銭湯はひたすらにそういう時間が過ごせるのがいい。
 帰り道、今は亡き蛇骨湯の前を通る。寅さんのタコ社長みたいな爺とヤクザと地元の子供が平等に同じ湯船に浸かっている画は、それはそれでよっぽど魔女のスープより現実味がなかったが、それが蛇骨湯の味だった。いつだって失ってからことの大切さに気が付く。

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