暇人(ひまんちゅ)

某日ー
『マチネの終わりに』という本をかれこれ一ヶ月くらい読んでいるのだけれど、一向に読み終わらない。『マチネの終わりに』が終わらない。もちろん、根気強く読んでいけば『マチネの終わりに』も終わりになるのだろうけれど、もう全然『マチネの終わりに』終わらない。
むしろ俺の『マチネの終わりに』の読み終わりに、ある種の物語がある気がしてならない。読みおえた先で、俺は『マチネの終わりにの終わりに』という本を書くだろう。書かないだろう。

某日ー
『東京女子図鑑』というアマゾンプライムのドラマを何となく見はじめて、いつのまにか全て見終わっていた。『マチネの終わりに』は全く終わらないというのに、『東京女子図鑑』はいつの間にか終わっていた。
俺は地方出身者なので自分のなかに「東京」要素はないし、「女子」でもないし、ましてや今までの人生で「あ、おれ図鑑だな」って思ったことない。生き字引的なニュアンスでも「あなた図鑑ですね」と言われたこともない。要するに、図鑑ではない。
『東京女子図鑑』はそれらどれでもない俺が見ても面白かったのだから、東京の人は、女子は、図鑑は、この作品を見てどう思うのだろうか。
俺は今年で26歳なのだが、いつの間にか友達が子供をこさえてたりする。男友達がパパなっていて驚く。ママになってたら多分もっと驚く。
プロダクティブな人ならもう2人目、「なんなら3人目?」みたいな勢いでポンポン産んでいる。すごい話だ。
しかし、考えて見たら我が家の両親は俺の歳のころにはもう俺をこさえていた。
よくもまぁ。
そういう「よくもまぁ」を色々と考えてしまい、中々に切なくなる話で、東京って本当に人を食う街だなと再認識した。

某日ー
『マチネの終わりに』を読みおえた。
最近の俺は暇なんだと思う。

自論☆自論

面白いくらい仕事をしている。
よって日々に面白いことはないのだけれど、あたかもあったかのように面白いことを書かねばならぬ。かといって、その必要があるわけではない。これは自論だが、必要があることばかりやっていても人生は豊かにならない。
必要最低限、必要のないことをやってやるぜ!
というわけで、自論の話でもしようと思う。
自論は自論で、他人からしたら他論以外のなにものでもない。勿論、そうなんだけど、世の中には数多くの他論があるわけで、その中には自他共に認める他論、金言みたいなものもあるはずだと思ったり思わなかったり。
他論を軽んじず。そういう自論がある。他論を真に受けず。そういう自論もある。
世の中に色々な結婚があるけれど、相手が皇族ってどういう気持ちなんだろうか。「生きることは何かを背負うこと」というのがここ最近の俺のマイブーム自論なのだが、皇族って背負い切れるのか。
背負い切れぬものは背負い投げるという裏技が世の中にはあり、結婚で言えばその裏技は離婚だと思うのだけど、皇族を背負い投げることはできるのだろうか。そりゃあ、フィジカルにそんなことしようものならこっちがSPに押さえつけられるだろうけれど、メタフィジカルに背負い投げかますことはアリなんだろうか。
眞子様の相手は聞けば25歳の男性、驚きである。25歳の女性と結婚したら「日本はそこまでラディカルだったけか?」と余計に驚くけれど、驚くべきはその年齢で、世の多くの男性は、もっともこれも自論だが、25歳くらいの男性は「背負いたくねぇよ」と心底思っているはずだからである。
いや、25歳も男性も関係なく、世の多くの人の行動の根底には「背負いたくねぇよ」という気持ちがドンとドナウ川のようにある。
「あぁ!責任背負いたいなぁ!借金でもいいんだけどなぁ!」
それはもはや狂人だろう。
聞けばデートにSPが付いて来たらしい。金がないときのデートで、鳥貴族とかに連れていった時に怒られたりしたんだろうか?トイレに立ったタイミングとかで、裏でSPに「なんですか。鳥貴族って。鳥皇族はないんですか?」とドスの効いた声で言われたのだろうか。
あと、そもそも夜はどうしたんだろう。自分の家に連れ込むわけには行かず。相手の家は論外。ホテルにせよ、「クリスタル・パレス」みたいな名前のところ行ったのか。終わった後、ベットの下から出てきたSPに「いや、寄ってくれたのは嬉しいけど、そういうことじゃないんだよね」と軽くいなされたのか。
夜のことはどうでもいいんだけど、SPがついてどうやって、少しずつ少しずつ愛を育んでいったのか。誰も周りにいない二人だけの時間みたいなものが育てる何かもあるはずで。近くに家臣がいたら、愛の言葉も囁けないはずだ。となると、恋文でも送りあったのか?読んだ後は誰にも気付かれずに燃やしたのか。
「恋文で育む愛」って。平安貴族じゃないんだからと思うんだけど、リアル平成皇族相手だから割とシャレになっていないのももどかしい。
色々と気になるが、結婚する人がする人だけにこの話題を色々な人と話すのは躊躇われる。あの人々について少しでも自論を話すことは、相手によっては喧嘩になってしまうからだ。まさに自論、口論。
おあとがよろしいようで。

豚の夢

豚みたいな体臭がする。

豚そのものの体臭は深く知らない。
朝起きて「豚くせぇな」と思ったら、周りに豚はいなかった。
「カフカ的なあれで俺が豚に?となると新海誠的なあれで豚は俺に?」
人生はカフカ的でも新海誠的でもないので、起きて二秒くらいで「あ、俺が臭いのか」と思う切なさから始まる一日にどんな喜びを見出せばいいのか。
寝汗でびしゃびしゃになったのは変な夢を見たからだ。夢の中で高校生の俺は教室にいて、授業で全く答えの分からない問題を当てられていた。誰かヒントでもくれないか、と周りを見渡して見ると、教室には今まで人生で嫌いだった人が、しかもそれぞれの年代から集合している。手を貸してくれるわけもなく、しかもなんだか背中がニヤニヤ笑っていて、端的にいえば地獄で、「どんなに悪いことをしたらこの地獄に?」と汗がダラダラ止まらず。
全くもって答えられずにいたのだけれど、途中で「でも俺、これ解けなくても、大学出て社会人になるんだよなぁ」と思ったら、目が覚めて、そして、豚臭かった。
いい加減許してあげなよ、俺。夢で久々にあった人もいたというのに。
「人を呪わば穴二つ」とはよく言ったもので、こんなかたちで自分の器の小ささを知ることになるとは。
嫌いな人は多分一生嫌いなままでこちらもあちらも死んでいくのだろう。その相容れなさこそ救いなのかもしれない。
「嫌いな人には愛、入れない方向で!店長お願いします!五千円入ります!」心の中の新人バイトがそう言っている。五千円が入ったことは言わなくていい。週末のシフトを変えて欲しいらしい。なんでもゼミの仲間とBBQに行くとのことだ。労働をナメてる。もちろん、代わってあげた。
「ナメ」に応えるのもそれは愛ゆえである。
例えば、俺の祖父は酒で山を溶かした。土が蒸発する兵器酒を開発したとかではなくて、アルコールをこじらせて借金で首が回らなくなり「じゃぁ、山でも売るかぁ」と売ったらしい。平成の話だ。故人を悪くいうのもなんだが、圧倒的にナメてる。
でもいいよ。溶かしていこうよ。山。いくらになったのかなぁ。山。というか溶かすまで飲むなよ。酒。
俺が酒を飲める歳になる頃には、山を溶かすだけでは飽き足らず、最終的には自分も溶けていなくなってしまった。まぁ、山溶かすくらいだから。人間一人溶かすくらい容易かったのかもしれない。
好きな人は一生こっちが好きなまま、勝手にあっちは死んでしまう。ちょっと相容れていただけに、そこに救いがなかったり。
とにかく一番救いがないのは朝起きて豚くさい自分だ。加齢?やだなぁ。

『□ × □ ○』

シブゲキでの公演『□ × □ ○』にいらっしゃって頂いた皆様、いらっしゃって頂けなかった皆様、どちらでもいいんですけど、ありがとうございました。特にいらっしゃって頂いた皆様。幸あれと思います。
特に裏話もないですけれど、後半の稽古〜本番までの日々がどういう日々だったのか。興味はないでしょうけど、他に書くこともないので。

本番三日前ー
仕事終わりに稽古場所へ。
軽く通して、俺だけ全然セリフ入ってないことに気がつく。うう。
何かやるときに必ず思うが、なぜ共演者はこんなにもセリフが入っているのか。本番の三日後だからである。
そして、俺はなぜ本番の三日前でセリフが入っていないのか。俺がセリフに詰まるたび稽古場が「コイツ…まだ入ってないのかよ…」って空気になる。その空気が怖いから軽くおどけるのだけれど、その度に「そういうのいいから」という空気がまた出て・・・。とどのつまり、俺が詰まると「そういうのいいから」になる。怖い話だ。
自分で書いてて自分のセリフが覚えられない意味が自分でもわからない。自分祭りだ。でも、他人がセリフ間違えると、「あ、間違ってる」とわかる。嫌な奴に成り下がっていないだろうか。
そういう罪の意識の下、稽古後飲みにいく。流れで朝まで飲んでいた。
気がつくと本番の二日前。

本番二日前ー
仕事して、けだるい感じで稽古場へ。
昨日、途中で帰った出演者の前田に「結局朝まで飲んでた」と告げると呆れられる。口では言われなかったけど、顔が完全に呆れていた。
二人だけの場面を軽くおさらい。途中で、俺よりけだるい感じに入ってきた鄭さんと合流。雑談。
考えてみれば稽古で毎回一時間以上雑談している。例えば、平日に3時間しか稽古時間がない時でも、1時間雑談している。「その一時間無駄じゃないの?」と思われるかもしれないが、俺もそう思う。だいたいその帰り道で何を話したか忘れてるし。非効率。
そこから三人の場面をおさらい。前田、別件で途中退散。その後、また雑談。からの鄭さんと二人のシーンをおさらい。まだ鄭さんは悩んでいる場面がある。俺はもっとある。その俺のもっとを察してか、色々と「もっとこの場面はこうしてみたら?」「もっとこうしてみようと思うんだけど?」ともっと返しをくれる。やってみる。よくなってる。ううむ。すごい人だ。
13時ー20時で稽古してて、この日は内4時間くらい雑談してた。どうかと思うし、やっぱり前日飲みすぎたんだと思う。
帰り道、「軽く飲みに行きます?」という話をしたら軽く断られて軽く凹む。家の近所で一人で寿司を食う。悲しみからか食い過ぎる。

本番一日前ー
「10時集合」だと言ってるのに、10時にいるのは俺と前田だけ。
この一ヶ月、だいたいそうだ。集合時間にみんなが揃った試しがない。もはや慣れた。むしろ、本番前日だけど、通常運行な皆のその姿勢が素晴らしい。「本番前だろうがいつも通りしっかりしないぜ!」
しっかりしてるのは俺だけだ。今日もしっかりセリフをとちった。
稽古場の近くには神田川が流れている。稽古初めのころは桜が八分咲きで、「来週には見頃かなぁ」などと思っていた翌週にはもう散り始め。神田川には花筏ができていた。それから少し経って、本番前日の今は桜の木が青々と、ほんとは緑々としている。これはこれでとてもいい。
一年で一番好きな季節の始まりと終わりを、たくさんの好きな人と今年は過ごせた。これを幸せと呼ばなかったら何を幸せというのだろうか。
明日は本番。終わったらまたそれぞれがそれぞれの道に。

本番当日ー
案の定、集合時間にみんな揃わず。うん。いいよ別に。
そして本番。2ステ。打ち上げ。解散。
思うことはたくさんあれど言うも野暮なり。

ハンバーガーと死刑囚

某日ー
ハンバーガー。あれは、一体、何が、美味しいの。
マックとかマクドとかマクッダナルとか、まぁ、全部同じなんだけれど、あの手の消費社会の産物のバーガーは別として。世の中にある、ちょっとしたバーガー屋さんの話である。
「ハンバーガーって何がいいの?」
こういう旨の話をすると「あなたは本当のバーガーを知らない」とか言い出だす人が出てくる。そこで本当のバーガーなる、例えば「1バーガー1200円」のものを食べて、美味しいかといえば「所詮バーガーだしなぁ」くらいの感想しか持てなくて。それはきっと1200円の高級志向なおにぎりを食べても似た様な気持ちになると思う。「高級志向なおにぎり」という発想の貧乏臭さがもう美味しくない。
今日、晩御飯に付き合いで久々にバーガーを食べて「なんでこれがこんなに市民権を?」と改めて思ってしまった。世の中に「朝昼晩!月月火水木金金!とにもかくにもハンバーガー」なる汎バーガー主義がいることが信じられない。パンはパン、バンズはバンズ…って、これじゃあ全部パンだが、パン・パティ・その他野菜のそれぞれが最高に美味しかったとして、悪いけど、別々に食べてもその旨さは成立する気がする。
「それらを一緒に食べるから美味しいの」
もちろん、口の中にバーガー曼荼羅を作ることに喜びを見出している人の気持ちはわかる。俺もゴハンに納豆と卵をかき混ぜたもの乗っけて食べる時に「天国はかくも近し」と思う。
でもなぁ、だからって手で持てるようにする意味?ある?
「ほら、片手間に食べられるし」
「片手間に食べられる好物」の「本命の妾」にも似た矛盾感たるや。
本当に好きならメンチ切って…ってハンバーガーの話で「メンチ」ってもの挟むに挟みにくい言葉、ていうか、もはや「挟む」って言葉も脱線しやすくするのだけれど、本当に好きならがぷり四つで、取り組んでこそで。
それを証拠に一蘭に行く人々はもう一蘭と刺し違えんばかりに一対一じゃないか。あれは「そういうシステム下で飯を食えば、人は否応なしに一蘭を好きになる」というナチスの実験みたいな匂いもするけど。
なんだ片手間で食べられるって。それに引き換え納豆卵かけゴハンはすごい。ハンディで食べるという発想を一切与えない。「食べにくいアタシを愛して!」もはやメンヘラの発想だ。恐るべし、納豆卵かけご飯。
汎バーガ二ストに対抗する反汎バーガー主義の武器になるのは「納豆卵かけご飯」なのかもしれない。
何?あんなにベタベタするものの何がいいのか?
ええ?見た目が悪くないかって?
「何が、一体、美味しいの」って?
…分かってないなぁ。

某日ー
髪の毛がとても本番数日前の人とは思えないくらい膨れ上がっていたので散髪へ。髪を切ったその日1日は「いい感じ!」と恵比寿顔だったのだけれど、翌朝起きて鏡を見ると、目の前に死刑囚みたいな男がいてびっくり。
仮に死刑囚の役をやるならこのヘアスタイルでもいいだろう。でも死刑囚の役やらないし、話にも死刑囚は出てもこない。無論、出演者の中にも死刑囚はいない。
本番までにいい感じに伸びるのだろうか。そうならなかったら、その時は台本も演出もひっくり返して死刑囚が出てくる話にしてやろうか?
切らなかった方がよかったのかもしれない。俺は余計なことをしてしまったたのだろうか。余計なことをしなくても生きていける人生と余計なことをしなくては生きていけない人生とがあるとして、おそらく舞台に立つ人は後者だろう。
人はセリフを覚えなくても生きていける。わざわざ時間かけて稽古したものが人前でスベって落ち込むだなんて、余計な感情を持つこともない。
とどのつまり「舞台に立つ」必要は生きてく上で全く必要なく、「見る」ならまだしも「出る」という行為は言ってしまえば、余計そのものだと思う。
俺は輪をかけて余計なことをして、死刑囚みたいな髪の毛になり、今、軽く絶望している。
「あぁ、もう余計なことしなくていいやぁ!」と思うこと。
それが夢の終わりとでも言うのかもしれない。
いっそのこと何が余計か余計じゃないか。それすらも考えられない人になれたら楽なのかもしれないが、それはそれでつまんないだろう。
私は貝になりたくない。

某日ー
いよいよ今週末の日曜日が本番だ。
色々な大人がそれぞれ色々なやらねばならぬこと片手間に、過ごしてきた一ヶ月だった。そういう角度で極めて人体実験的な見世物と思えば、また違う楽しみ方もあるかもしれぬ。
多くの人にご来場頂けましたらば幸いです。

CBGKシブゲキ!!実験週間 参加公演
『□ × □ ○』 (シカクバツ シカクマル)

「暗転」×「なんちゃって」演劇!
~“視覚×”の世界と“視覚○”の世界の物語~

<日程>
4月30日(日)14:00/ 18:00(開場:各回30分前)

<会場>
CBGKシブゲキ!! 東京都渋谷区道玄坂2-29-5 ザ・プライム 6F

<キャスト>
鄭亜美
前田健汰
小田切寛

<作・演出>
小田切寛

<制作>
中川聡・村上佳央・間陽

<音響>
久村亮介

<チラシデザイン>
碓井麻央

<料金>
一般 2,500円/学生 1,500円/二度見割 500円(昼公演を観た後、夜公演も見る割)
※料金は前売り・当日共の価格

<チケット発売日> 
受付フォーム:https://ticket.corich.jp/apply/82041/001/
問い合わせ: otankonath2017@gmail.com

誕生日 人からしたら 普通の日

26歳になり、26歳というのは人からすれば結構いい歳であり、また別の人からすれば「まだ26歳なの?」という歳でもあり。歳なんてものは極めて相対的なものなのだと思う。
「誕生日冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」の会・名誉顧問としては自分の誕生日にさして思い入れもない。ましてや、26回も誕生日をこすってしまうと、一年に一回とて、そこそこ味気のないガムくらいにしか思えず。
朝、誕生日前日から当日にかけて会社に泊まり込みになり、「なぜ?誕生日に泊まりこみ?お風呂に入りたいぜ!」という気持ち一つで近くの「安心お宿」といういかにも安心出来そうなお宿で大きなお風呂に入る。お湯って本当に偉大。すべてのストレスを洗い流してくれる。寅さんは帝釈天で産湯を使ったが、俺にとっての産湯は安心お宿。
ミストサウナなんてものもあり、試しに入ってみたら、俺が入った瞬間にミストが放出されて、祝福された気分に。なんなら「精油?」とすら思えるから誕生日ってすごいと思うし、徹夜って悪だなって思う。
とはいえ、一時間で人が人を取り戻すから安心お宿はあなどれない。何か不安なことがある人は行ってしかるべきだと思う。
その後、会社に戻り仕事、からの再来週にせまった「□ × □ ◯」の稽古。
今回の出演者で青年団所属の鄭亜美さんがケーキを買ってきてくれた。サプライズだったのかもしれないが、鄭さんが一番最後に稽古場に来たものだからバンバンに見えてしまっていた。しかし俺も大人なので「あぁ、ケーキ買って来てはるなぁ」という気持ちと戦いながら、向こうの出方を伺いながら稽古を始める。
もっとも、このケーキが俺に向けたものとは限らないわけで。帰りに一人で食べるために買って来たのかもしれないし、稽古終わりに会う俺じゃない俺と同じ誕生日の人にあげるようなのかもしれない。
案の定、俺のそれであり、あな嬉しや。
一方で、知り合って一ヶ月もない鄭さんが覚えてくれているのに、知り合って結構経つ他のメンバーが誰も俺の誕生日を覚えていなかったことに「誕生日 人からしたら 普通の日」の会・終身会長としては納得するよなガッカリするよな。
その後、渋谷で後輩がチラシを配ってくれているとの情報を聞きつけ、渋谷の連れ込み宿街にあるユーロスペースへ。
会場の前で出てくる人に頭を下げながら「□ × □ ◯」のチラシを配る後輩を見てなんだか泣きそうになった。
この世で自分のために頭を下げて、俺の芝居のチラシを配ってくれる人間がどれだけいるだろうか。知り合って一ヶ月も経ってないのにわざわざケーキを買って来てくれる人が。誕生日こそ覚えていないが俺に付き合ってくれる人が。はたして。どれだけ。
色々な人に愛されている。俺も色々な人同様に誰かをきちんと愛せる人になろうと思う。まだ26歳だし、きっと間に合うと思う。愛することも愛されることも衒わずに生きていきたいっす。
そんな風に思える1日が一年に一回くらいあってもいい。それが誕生日ならなお。

CBGKシブゲキ!!実験週間 参加公演
『□ × □ ○』 (シカクバツ シカクマル)

「暗転」×「なんちゃって」演劇!
~“視覚×”の世界と“視覚○”の世界の物語~

<日程>
4月30日(日)14:00/ 18:00(開場:各回30分前)

<会場>
CBGKシブゲキ!! 東京都渋谷区道玄坂2-29-5 ザ・プライム 6F

<キャスト>
鄭亜美
前田健汰
小田切寛

<作・演出>
小田切寛

<制作>
中川聡・村上佳央・間陽

<音響>
久村亮介

<チラシデザイン>
碓井麻央

<料金>
一般 2,500円/学生 1,500円/二度見割 500円(昼公演を観た後、夜公演も見る割)
※料金は前売り・当日共の価格

<チケット発売日> 3月25日(土)12:00
受付フォーム:https://ticket.corich.jp/apply/82041/001/
問い合わせ: otankonath2017@gmail.com

絶望と待機

某日ー
酒飲んで過去の話で盛り上がるようになったら終わり。人として。
「あの時あぁだったよね」で飲む酒は楽しかろうが、ほんとそこにあるのは無だと思う。
かといって、未来の話ばかりしても相手はちょっと疲れる。一緒にいて。
「ゆくゆくはさぁ、起業したいのよ俺」と語る酒に自分は酔えるだろうが、聞いている相手は日本酒にマリブをぶち込まれたみたいで、悪酔いしそうになる。
とどのつまり、酒の席での正解は今の話だろう。
今の話といっても「今さぁ、20時31分21秒だよね。ってことはさ、そろそろ20時31分30秒が来るね」そういう時報みたいな酒ではない。
近況報告。それを聞いたところで何かが劇的に変化することは決してない近況報告がいい。
飲みの席ではないが、昔お世話になった人から連絡がきた。
その人は東日本大震災が起きた年に仕事をやめて被災地に赴き、以来ボランティアスタッフのようなものとして働いている。美談といえば、美談だが、全く自分と周りのことを考えていない行動ともいえる。はたして大人のやることかとすら思うが、当人がいいってんだからいいのだろう。
例の地震から6年が経って、その間には別のところで地震もあって、どこかで誰かが思ってもみないかたちで死んで、または生まれて、だから、今ではなんとなく3月前半には色々と思い出すが、そこからまた1ヶ月経ってしまうと、やはりなんとなく忘れてしまって。
「そろそろ熱意も尽きてきた」
彼からのメールにはそうあって、人が脇目も振らず行動してから、疲れるまで6年かかるものなのかと何となく思う。
その人の話を聞いたところで何かが劇的に変化することは決してないのだけれど。

某日ー
稽古。

仕事。

仕事。

稽古。
稽古。

稽古。

ひたすらにみんな笑っている時間があるのは
いい。

だいたい稽古場でみんなが笑っているのは

本番で伝わらないジンクスがあるけど、

多分、

今回もそうだろうなぁ。

絶望と待機。

にしても、

行間空けて

なんとなく文字数稼ぐの

楽だなぁ。

CBGKシブゲキ!!実験週間 参加公演
『□ × □ ○』 (シカクバツ シカクマル)

「暗転」×「なんちゃって」演劇!
~“視覚×”の世界と“視覚○”の世界の物語~

<日程>
4月30日(日)14:00/ 18:00(開場:各回30分前)

<会場>
CBGKシブゲキ!! 東京都渋谷区道玄坂2-29-5 ザ・プライム 6F

<キャスト>
鄭亜美
前田健汰
小田切寛

<作・演出>
小田切寛

<制作>
中川聡・村上佳央・間陽

<音響>
久村亮介

<チラシデザイン>
碓井麻央

<料金>
一般 2,500円/学生 1,500円/二度見割 500円(昼公演を観た後、夜公演も見る割)
※料金は前売り・当日共の価格

<チケット発売日> 3月25日(土)12:00
受付フォーム:https://ticket.corich.jp/apply/82041/001/
問い合わせ: otankonath2017@gmail.com

ヒリヒリデイズ

某日ー
『□ × □ ○』の稽古初日。本読み。
最初に出演者が初めて本を読む瞬間は毎回ナーバスになる。
昔、出演依頼を受けた芝居で渡された脚本を読んだら、あまりにもつまらなかったので、出演を断ったことがある。悪いことしたなぁと思うが、役者を口説けない台本が、客を口説けるわけもない。逆に俺が「すみませんやっぱ降ります」と言われることだってあるわけで。
今日の本読み?誰も読んで笑わなかったので、軽く泣きそうになったよ。でも、一通り黙読が終わって、「じゃあ」ってんで声に出して読んでみたら、そこそこ笑ってくれたので安心したよ。
稽古場所は椿山荘の近くで、神田川沿いの桜は六分咲き。
春の稽古はいいなぁ。ギスギスのしようがない。

某日ー
このところ就活生の話をよく聞く。
多くは愚痴に見せかけた自慢話かおもしろ話に見せかけた失敗談で、「大変ですねぇ」という他人事みたいな感想しか浮かばない。
まぁ、他人でしょ。代わりに面接を受けることも面接官になることもできないし。
テレビで某企業の入社式の様子を見ていて、驚いたのだが、最近は親が出席するパターンもあるそうだ。きわきわのギャグなのかと思っていたら、式の中には<新入社員から親への手紙>なんてコーナーもあり「一生懸命働いたお給料で今まで育ててくれた両親に美味しいものを食べさせてあげたいです」と涙ながらに語る男性が写っていた。
彼が入社4月とかで辞めたら笑うなぁ。
「何食べさせたかったんですか?日高屋ですかぁ?」とか、つっついちゃうなぁ。
会社に入るまでも大変。会社に入ってからも大変。みんな大変ですねぇ。
それでも春というのは尊い。街を歩くとランチに連れて行ってもらっている新入社員がたくさんいて、それを見るだけで、笑顔になる自分はもうジジイなのかもしれない。

某日ー
ジジイ疲れすぎていて話にならない。
朝起きて、目覚まし止めて「疲れたぁ」って呟いた。
そういうドリカムの歌詞みたいな日々である。歌わんか。そんなジジイみたいな歌。

某日ー
ジジイ風邪引いてきた。虚弱体質にもほどがある
全然風邪引いている暇なんてないのに。
本番まで乗り切れるのか。ヒリヒリする。

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CBGKシブゲキ!!実験週間 参加公演
『□ × □ ○』 (シカクバツ シカクマル)

「暗転」×「なんちゃって」演劇!
~“視覚×”の世界と“視覚○”の世界の物語~

<日程>
4月30日(日)14:00/ 18:00(開場:各回30分前)

<会場>
CBGKシブゲキ!! 東京都渋谷区道玄坂2-29-5 ザ・プライム 6F

<キャスト>
鄭亜美
前田健汰
小田切寛

<作・演出>
小田切寛

<制作>
中川聡・村上佳央・間陽

<音響>
久村亮介

<チラシデザイン>
碓井麻央

<料金>
一般 2,500円/学生 1,500円/二度見割 500円(昼公演を観た後、夜公演も見る割)
※料金は前売り・当日共の価格

<チケット発売日> 3月25日(土)12:00
受付フォーム:https://ticket.corich.jp/apply/82041/001/
問い合わせ: otankonath2017@gmail.com

ギリギリデイズ

某日ー
最近、迷惑メールのサクラとメールをしている。
「迷惑メールのサクラ」のバイトをしている友達と頻繁に連絡を取り合っているわけではない。本当にただの迷惑メールと連絡取り合ってある。我ながら末期である。
聞くにモデルらしく、毎日毎日「いまから撮影だよ!そっちは何してる?」とか、「今日はオフだから、お散歩~。お休みの日は何をする人ですか?」とか、一方的に送って来る。
俺も春から社会人3年目にもなので、来たメールに返信をするというのは、もはや呼吸をするが如く無意識にできる。「お昼食べてました」「映画とか観に生きます」と律儀に返す。
大抵それに対する返事というのが「すごいね! 今日のカメラマンさんゲイなんだって!」とか「そうなんだ! 愛犬のメロンが可愛い~」とか。ワンリアクション挟んでの自分の話をしてくる。そっちから聞いといて・・・。その割には「あ~いい人と巡り会えないかなぁ…例えば貴方みたいな!笑」とチョイチョイ仕掛けて来る。
「今日マネージャーさんにもっと頑張らないとダメだって怒られちゃった…_(:3 」∠)_ 最近何か凹んだことあります?」
たまにはこちらから仕掛けてみるかと以下のメール。
「そうですね。おじいちゃんが亡くなりました」
「へぇ! 私、今度ドラマに出るかもしれないんだって!緊張感する~!!!」
「へぇ!」て! ドラマて!
完全に機械相手にやりとりしているのかと思いきや、若干人の匂いがするのも事実で。完全に俺に興味がないのに興味があるふりをして連絡をしてくる相手、それに律儀に返す俺。
ともあれ、全く知らないし実在するかもわからない相手とのメールのやり取りというのは、心がひたすらに虚しくなる。

某日ー
4月30日に渋谷の「シブゲキCBGK!!」という劇場で舞台をやることになった。
やることになった、というか、誰もそういう場を作ってくれなかったから、自分で作った。場を作ったら、その場を成立させなくてはならない。成立させるなら、そのためにあくせくしなければならない。「省エネルギー・ローカロリー」をモットーにしている俺だが、「全力・ハイカロリー」な日々だ。
あぁ、俺がやりたいことを口で言ったら実現してくれる団体とかないのかなぁ。
「あとはやっとくから、そこでジャンプ読んでていいよ」
いないんだよなぁ。
「オーケーオーケー。全体的に台本面白くしておくから!そこで寝てなよ」
いないんだよなぁ。
自分でやりたいって言い出したのだから、自分でやるしかない。そういう当たり前の哲学をいい歳で学ぶ。
同じところで去年は客席と舞台をひっくり返す「反転劇」をやったが、今年は照明を落とした中でやる「暗転劇」をやる。去年「反転」、今年「暗転」、転がってばかりだ。
ギリギリな日々で転がってばかりだけれど、どうせなら面白く転がっていたい。
万障とは言いませんが、二、三の障はお繰り合わせの上いらっしゃって頂けましたら幸いです。

☆公演内容☆
公演タイトル:
『□ × □ ○』 (シカクバツ シカクマル)

<日程>
4月30日(日)14:00/ 18:00(開場:各回30分前)
<会場>
CBGKシブゲキ!! 東京都渋谷区道玄坂2-29-5 ザ・プライム 6F

「暗転」×「なんちゃって」演劇!
~“視覚×”の世界と“視覚○”の世界の物語~

<あらすじ>
かつて、ニホンには「魚(いお)」と呼ばれる古典芸能があった。
“盲人のための芸能”として生まれた「魚」を代々継承する家庭に生まれた鹿久松(しかくまつ)は父親で人間国宝の七代目・鹿久丸(しかくまる)の死をきっかけに名跡を継ぎ、八代目・鹿久丸を襲名する。魚役者として元・地下アイドルとの間に子供ができないことが悩みであった。
ある日、妻から念願の子供が出来たことを告白される。
暗闇の中で繰り広げられる“あるかもしれない”古典芸能にまつわる物語。

<キャスト>
鄭亜美
前田健汰
小田切寛

<作・演出>
小田切寛

<制作>
中川聡・村上佳央・間陽

<音響>
久村亮介

<チラシデザイン>
碓井麻央

<料金>
一般 2,500円/学生 1,500円/二度見割 500円(昼公演を観た後、夜公演も見る割)
※料金は前売り・当日共の価格

<チケット発売日> 3月25日(土)12:00
受付フォーム:https://ticket.corich.jp/apply/82041/001/
問い合わせ: otankonath2017@gmail.com

サラリーマンと定食屋

やっとこさ『ラ・ラ・ランド』を見た。
同じ監督の『セッション』という作品で生徒を怒鳴りちらすハゲ鬼教官役をやっていたJ・K・シモンズがちょい役で出ていて、JK好きとしては、スクリーンに出てくるだけで滾るものがあった。
そんなシモンズが『セッション』で”Not my fucking tempo!”と生徒を怒鳴る場面があるのだが、ぜひ未見の人はそこだけでもいいので見て欲しい。「あぁ、怒りって滑稽なんだな」と思えるので、誰かに怒られた後に見てみるのもいい。
『ラ・ラ・ランド』でもシモンズは出てきており、店のオーナーを演じている。主人公のセバスチャンが店主の意に反する行動をとるのでクビを告げるのだけれど、そのセリフが“fired”の一点張りだった。てっきり、”Not your fucking 店舗!”とか言うもんだと思っていたのに・・・。
ともあれ、『セッション』では最後、夢をひたすらに追いかけた主人公2人が、夢がうつつになった将来で「うつつ足り得なかった」沢山のうつつを夢に見るシーンがある。
昼食でA定食とB定食があったとして、A定食を頼み、目の前でB定食を美味そうに食べている人がいたら、俺はすぐに「うわぁ、正解はあっちだったか……」と思ってしまう何かが小さい人間だ。
中川家の礼二がよくやっているモノマネで「店から出てきて進行方向の逆を一瞬見るサラリーマン」というのがあるけど、一瞬逆を見るのはサラリーマンの「Bやったんかなぁ」という気持ちの表れで、その後すぐに元の道を歩くのは「でもワシAやしなぁ」と自分の選ぶ道をまっすぐ歩まんとする気持ちの表れだと勝手に解釈している。
深読み?俺もそう思う。アレはただの「サラリーマンの習性」だろう。
ただ、日々の昼食にせよ、人生の大きな選択にせよ「選んだからには正解にしようね」という気持ちは自分の中で常に戒めとしてある。結局、何かを選ぶということは何かを捨てるということで、捨てたものに価値があるだなんて思いたくない「失うばかりが人生」だが「失うばかりの人生」ではないはずだ。
日本で『ラ・ラ・ランド」みたいな映画をやるとしたら、舞台は古びた定食屋とかがいいのかもしれない。ライアン・ゴズリングの役柄は客のサラリーマンが、エマ・ストーンの役柄は定食屋のおかみさん(胆石持ち)とかはどうだろうか。誰に提案しているのか自分でもわからない。
ストーリーは以下。
おかみさんの定食屋は「おかみさんが店主になる」という条件のもと、大手外食チェーンのフランチャイズ傘下に入る。メニューは充実しているし、味もよくなったものの、いつも来ていたサラリーマンは「あの、うまくもまずくもない、うまくもまずくもないからこそうまい定食が懐かしいなぁ」と思い激情、そして「これじゃあ俺が知る定食屋ではない。Not my fucking 店舗!」と言って唐突に終わる。
どうですかね?自分でも誰に提案しているかわからないけど。