ほどよい1日

1日1日はすごく長いのだけれど、1週間がものすごく短い。
人に話すと「私のおじいちゃんが同じことを言ってた」とえらく呆れられた。
中年飛び越え老人になりつつあるのか。
いっそ年金が欲しい。年金の前借りをしたい。俺が年金を貰える歳になる頃にはきっと制度は崩壊しているだろう。俺の年金欲しさには、そういう年金の足腰の弱さも含まれている。
子供の頃は真新しい経験がたくさんあるから1日が長くて、大人になると既にやったことがたくさんあるので、1日を短く感じるという。
「だとしたら、今までやったことのないことをやってみれば?」と思い、休みを使って朝からやったことのないことを片っ端からやってみることに。
朝7時に起床…しようと思ったが、「朝7時に起床」は俺の人生でそこそこあったはずだ。
やったことのないことを突き詰めようと思う1日をそこそこ起きたことのある時間に起床してもなぁ?「6時23分」とかよくわからない時間に起きるとか、刻んで「5時38分4秒」に起きるとかぁ?そもそもやったことないことってそういう問題かぁ?
色々と考えて「野良猫を100匹くらい家に持ち込んで、それぞれの肛門を縫ってみる」とかしか思いつかず、それはもう老人飛び越え狂人だからして実施はしなかった。
とはいえ、長い1日も考えものだ。「日本のいちばん長い日」はとんでもない日だったらしいし。
ほどよい1日。ほどよい長さの1日。
大人になるというのは、そういう1日が滅多になくなることなのかもしれないなぁ。

「うぉー」の先に

世の中にわからぬことはままあれど。どうなのかしら「公然視」、人呼んで「パブリック・ビューイング」。
W杯、アイドルライブ、その他なんか「うぉー!」ってやつを別会場で見て、「うぉー!」っていうあのイベント。
「NO」と言えない日本人は第二次世界大戦以降、いま一番「うぉー」と言っている。そんなに「うぉー」って言いたいのか。
サッカーなんて家で見るのではダメなんだろうか。確かに家で「うぉー!」と叫ぶと怒られる。さりとて、家で見るときは家で見る時用のテンションで見ているわけだからして、せいぜい興奮しても「おっ…おお!…おぉ…入ったぁ」で終わる。たしかに「おっ…おお!…おぉ…入ったぁ」は家でAVを見ている時のコメントっぽいので、言いたくないという人はいるのかもしれない。
あぁ、なんでわざわざ外に出て「うぉー!」というのだろうか。そういう人は公衆視AVを見ても「うぉー!」と言えばいい。公衆視AVってなんだ。中国のペイチャンネルの名前か。
会場で「うぉー!」という人たちは「うぉー!」権がある。察するに生粋のファンだからだ。付き合いで来た人もいるだろう。しかしその人だって、付き合いで来ているのだから「うぉー!」と行って付き合いフラストレーションを発散させたい気持ちがあるだろう。そういう人たちは「うぉー!」と言って良いと思う。むしろ積極的に胸を張って「うぉー!」と言えばいい。
公衆視で「うぉー!」という人たちの8割はにわかだ。その試合をきっかけに夜のキックオフをせんとする下心があるパリピだ。男女で来ているやつらは大体そのあとなんかいい感じになって、ホテルで終わった後で「日本代表も頑張ったけど、私たちのいい試合だったね」とかバカみたいなこというに決まっている。
パリピに限らず、傍目に見て「この人たちモテないんだろうなぁ」という集団にも何かしらのモテラルキーがあり、いわゆるオタサーの姫みたいなものが、いい感じになって、ホテルで終わった後で「日本代表も頑張ったけど、私たちのいい試合だったね」とかバカみたいなこというに決まっている。
偏見?そらそうなんだけれど。
ああいう人たちは「うぉー!」という時、右肩後ろにもう1人の自分が立ったりしないのであろうか。
「センパイ、今、『うぉー!』って言いました?え、言いましたよね?え、え、え?それどういう気持ちで言ってるんですか?むしろ、あれですよね。気持ち、作ってるんですよね?気持ち入れるために『うぉー!』って言ってるんですよね?」
なぜか後輩チックなもう一人の自分がそう言うけれど、両手で「うぉー!」という人々にはもう一人の自分がいないんだなきっと。
世論、傍目、村八分…。
我々日本人はそういったものをえらく恐る、一億総内弁慶な人種ではなかったのだろうか。
一重で黄色の生き物らしく、たけのこの炊いたんでも食べながらお茶を飲んで叫ばない。その頃に戻ろうよ。
在りし日の姿に戻るために、新しいスローガンを打ち立てたいと思う。”ノー・モア・「うぉー!」”どうでしょうか?そうですか。そうですよね。

梅雨の晴れ間に

雨季。雨が続く。溜まる洗濯物とストレス。
「くそぅ…明日こそ洗濯物を外に干してやろう」
そんな思いを胸に眠った翌朝、彼女は現れた。
(ピンポーン♪)
「ハイ。アイム、ツユノハレ・マニー、デス」
彼女が言うには、日本でオルセン姉妹に並ぶくらい有名なカベニミミ・アリー、ショウジニメ・アリー姉妹の親戚らしく、また、ツユノハレはダレノガレのインスタをフォローしているらしい。
「一体何をしに来たんですか?」
「アナタ言ッタデショウ?明日コソ、洗濯物ヲ外二干スト」
「わざわざそのために?」
「ソウ。雨ガ続イタカラネ。外二出セルヨ。最近、アナタ、中二出シテバカリ。中ハダメヨ」
「ものすごく誤解を生みそうな言い方はよして欲しいな。外に出すったって、雨が…」
部屋のカーテンを開けると、雲ひとつない青空。もちろん、雨なんか降っていない。
「ホラネ。溜マッテイタモノ、ゼンブ、外二出セルヨ」
「その言い回し…わざとやってるな」
「冗談デスヨ。ササ。焦レ焦レ。洗濯洗濯。焦セル乞食ハ貰イガ少ナイゾ」
「じゃあ、焦りは禁物じゃないか?」
それから、私は洗濯機にたまっていた衣服を全て入れて、スイッチをオンに。
「せっかくのお天気だし、選択終わるまで散歩でも行こうか」
「イイデスネ。朝御飯デモ食ベナガラ」
2人で家を後にして、近所のドトールに行き、せっかくだからテラス席で朝ごはんを食べた。ボクたちのように「久々のお日様!」と外のカフェでの自撮りをアップしているダレノガレのインスタに「いいね」をしたり。
そしてボクらは部屋に戻り、洗濯物を目一杯干してハーブティーを飲んだっけな。
だけど、そんな幸せな時間は長くは続かなかったんだ。
「マニー、どうしたんだい?さっきから顔が曇っているぜ?いつもの笑顔はどうしたんだい?」
「実ハ私…モウスグ居ナクナル」
「どうして?」
「梅雨前線ガ北上シテイテ、気圧ガ低クナッテ…」
「難しくてよく分からないけど、分かった。要するに…居なくなるんだね」
「ソウ言ウコト・・・サァ、洗濯物ヲバ、取リ込ンデ…」
そうして、ベランダに出て洗濯物を取り込み、部屋の方を振り返るともうマニーはいなくなっていて、外を見ると代わりに雨が降っていた。
数日後、ボクは出版社に向かいました。
マニーはちょっとお金の匂いがして嫌だったので、マーニーという名前にして、この私の淡い記憶を一冊の本にして出版社に持っていきました。タイトルは『思い出のマーニー』。
なぜかは知らないが門前払いでした。
言うまでもないが、すべて嘘です。

嗚呼…

某日ー
もう日大のことは聞き飽きた。
その前は佐川さんのあの「イクのを我慢している顔」を見飽きていたし、その前は日馬富士のデンモクで人を殴りそうな顔に飽きていた。
ただでさえ、スポーツのことに興味がないので、その上であんなにもくどくやられてしまうと、なおさら、興味がなくなる。
とはいえ、あのあのやっちゃった子の気持ちが分からない気もない。
「敷かれたレールなんか歩みたくないやい!」
そういう人がいるけれど、俺は『スタンド・バイ・ミー』並みにレールの上を歩きたい。その方が圧倒的に楽だからだ。
ジェットコースターは激しく上下旋回するもののレールは外れない。「外れる」それは死を意味する。レールが途中数メートル抜けているコースターとかがあったら、それは新手の自殺機になるし。安全性の確保された「危険」だからこそ、両手を上げてワーキャー出来る。だからジェットコースターは面白いんだと思う。
敷かれたレール万歳だ。
「やらなきゃ意味ないよ」と言われたからには、やった先のレールが見えたのだろうけれど、結局は世の数多ある結果と一緒で「やったけど意味ないよ」になってしまったのは同情の余地はある。
まぁ、咎人だけど。全く関係ないが「咎人」ってルックスのハングル感が強い。
同情といえば、世の中に数多いる日大出身者が会社だなんだでふんわりイジられたり気を遣われたりしているのも何となく「嗚呼…」と思う。
だからなんだというわけではないが。
嗚呼…。

某日ー
100人超の老人の前で落語会。
会場にいる老人たちの合計年齢ともらっている年金の合算がものすごく気になった。気になっただけでデータは取っていない。
とにかく老人は早い。
動きそのものは遅いが集合が早い。
演者は開場時間の2時間前に現地入りしたのだけれど、すでにお客さんが数名いて、ビビる。入り待ちか?でも、終演後に出待ちは1人もいなかった…。理解できないよ…。嗚呼…。